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※帰省中の1月後半〜2月上旬のジャーナルはゲストブックにあります。→ Guestbook | Email to akko | PYTHONSPOTTING

 

Fri 28 Feb

今日ちと妙なものを見ました。
ある民放のトーク番組に、アリス・フェイ・クリーズさんつまりジョンの現奥さんが出ていたのです。何冊目かの本をお書きになったとのことで、そのプロモーションがわりのようでした。
(その本は、学者の視点からの家族関係一般に関するやわらかくもまじめな心理学書であり、暴露本ではありませんでした。幸か不幸か。)

それだけなら、全然妙ではなく若干驚くだけで問題はなかった。
のですがしかし、
アリスさんと一緒に出てきて、隣に座っていたのが、マイケルだったという。
その本に前書きを書いたから、というのがどうやら理由だったらしい。しかしどういった縁でマイケルがアリスさんの本に前書きを書くのか、という説明は一切なく、最初に「それでは今日のゲストは、このたびこれこれこういう本をお書きになったミセス・ジョン・クリーズことアリス・フェイ・クリーズさんと、そして前書きを書いたマイケル・ペイリンさんでーす」と至極当然のように紹介されて、それだけ。
通じるんだなあ英国国民にはこれで。
と、改めてこの国におけるジョン&マイケルの普及度を思い知りました。
マイケルは本のテーマに添って話を振られて、お母様のことをしゃべったりしていました。

でも、旦那抜きで奥さんと旦那の友達だけが仲良くテレビに出ているってのはしかし。いわゆるひとつのジェリー・スプリンガー・ショウ状態であり。となると、乱入して逆上して暴れて警備のごついおにいちゃん達にボコボコにされる役なのはジョンなのかその場合。思わず実現を希望しそうに。

それにしても、初めてTV画面で間近で見るアリスさんは、とてもジェイミー・リー・カーティス似の美しい方だったので、なんだか非常に納得しました。

★ゲストブックのエドさん
をを、「配役入れ替えビデオ」とは。なんてうってつけな。入れかわり系列では、本人に接触する必要がある「トッカエバー」しか思い出さなかったわたしはまだ未熟者です。
つきましては、おまわりさんを誘うマイケル希望。もしグレアムに限定されるのなら、「He asked me! He asked me!」の、通称森スキップのあれを切望。

  


  

Weds 26 Feb

日曜夜に英国のアカデミー賞、BAFTAが発表されました。しかし、サー・マイケル・ケインが最優秀主演男優賞を逃したので、わたしは思わず暴徒と化しちゃぶ台を引っくり返しました。がらがらがっしゃん。そりゃないよバフタ。いや、ギャングス・オブ・ニューヨークでの異様な名演ぶりを思うと、ダニエル・デイ・ルイスの授賞に異存はない、全くないのですが、わたしはマイケル・ケインが好きなのです。いかに名優だろうと、次代ジェームス・ボンド候補に名前が挙がっていようと、デイルイス氏にオースティン・パワーズ・パパが演れるだろうか。リトル・ヴォイスで「い〜っつっ・おおおお〜ばああああ〜〜〜〜♪」と歌えるだろうかっ。

かの如く、一見きちんとしてそうなのにいざというときはとことん壊れてくれる英国殿方にわたしはよわい。ちなみにケイン氏のBAFTAそしてオスカーノミネートは、ウルトラシリアスな The Quiet American によります。もしもあのふざけたオースティンパパでケイン氏をノミネートなんかしようものなら、わたしはなんのためらいもなく、アカデミーの熱烈なる支持者としてこの身と全財産を同会に捧げても悔いはなかったことでしょう。

さて、下↓の Judge Not 話の続きを少し。ボトル氏を糾弾する論告をクールかつ辛抱強く陳述していたバートレット検事は、アイスクリームすら理解できない判事に直面し、ついにぶち切れ、飛んでます。アイスが飛沫がどうのこうのと大声で叫びながらステージを文字通り飛び跳ねている音が聞こえるのです。
だからケンブリッジ・サーカスが好き。ラブ&ピース。
   


 

Tue 25 Feb

ありがたくももったいなくもこのたび、嘘方面の偉大なるメルマガQuick 嘘屋の加盟店の、すみっこの、はじっこの、壁際の、最後尾の、どんじりの、もうひとつびりのさらに末席を汚させて頂くことと相成りました。当サイトは、嘘界と髪の毛ひとすじで重なっている日本パイソン界の中でさらに、かすかな痕跡が目視されるのみでその存在がイェティの如く疑問視されているTFJCers (全コスモス11人) の皆様を除いては、カタギの嘘愛好者の皆様にはさっぱりわけがわからないであろう仮想空間ですが、今後は永遠の建築中ガウディサイトの名に恥じることのないよう、初見の方々にも意味くらいは通じるように枝葉を整えていく所存でございます。
購読はこちらへ。→  毎号、華麗なる嘘界セレブの皆様がよってたかって書き競っている素敵な仮想配布物です。わたくしの駄文がまき散らされるのはもう少し先のことになるので、それまではとりあえず安心していられます。

さて。ちかごろは明るさが日いちにち刻みで長くなり、北国の春が近いようなので、晴れた日はうきうきとケンブリッジまで足をのばし、図書館に引きこもり一次資料の紙の山を築いてその薄暗い中にうずもれています。

何故最近突然ケンブリッジなのか。それは、Yさんにケンブリッジ・サーカスの音源を頂いたからです。Yさんありがとうございます。このレコード、プロデューサーがあのジョージ・マーティンです。サー・ジョージは、昨年ミリガン追悼ライブと007プレミアの両会場に来ていました。当時のビッグバン直後のような混沌としたポップ文化のつながりを、一瞬垣間見たような気がしました。

この盤は、1963年の夏にフットライツ連がロンドンで大いにはね返っていた、その空気のフルエまでびりびり伝わるような一枚です。なにしろスウィンギング・シックスティーズ・ロンドン。ピース。エレノア・ブロンは最近のあるインタビューで、この年を「フットライツのザ・ゴールデン・イヤー」と表現していました。 

 



↑ケンブリッジ・サーカス裏ジャケより。倒れているのがジョン、かがんでいるのがティム・ブルック=テイラー、その右のトレンチコートがビル・オディ、一番左端がデイヴィッド・ハッチ、隣がジョー・ケンダル。後はどれが誰だか定かではないけどクリス・スチュアート=クラーク、アントニー・バファリー、ハンフリー・バークレイ。

当然のこととは言え、一応断言。Judge Not拙サイトの拙訳より本物の方が1万倍面白い。皆はじけてます。一体何なんでしょう、このワコウドたちの素晴らしいテンションの高さは。そしてビル・オディによると、「公演中一番受けたのは、Judge Notで、ジョンが証言台に立つミスター・ボトルを見失い、無言でうろたえるくだり」だったそうです。つまり音源では、検事ジョンが「みすたー・ぼとる?みすたぁー、ぼーとーるー??」と高らかに呼ばわりそして絶句、ステージ上では沈黙が続いているのに観客がげらげら笑っているとしか聞こえないところです。

この間、一体、何が起こっていたのだろう。もし今そこに居合わせることができるのならば、わたしはタマシイのひとつやふたつ平気で売り飛ばすのですが。

  


 

Sat 22 Feb

60年代のフットライツのとある資料に用があったので、ケンブリッジまで出かけていき、中央図書館の一隅を占拠し古い紙束を広げて散らかしながらあれこれ眺めてきました。とても素敵な一次資料が大量に保管されているとても素敵な図書館なので、来るたびにわたしは、鍋釜フトン持ちこんでここに住みつきたいと思います。

☆ゲストブックのエドさんへ
某猫型ロボットがひとりいれば世界征服すらたやすくできてしまうというのに、その可能性を投げ打ちパイソンDVDを入手することだけをお望みだとは、なんて欲のない。それとも、欲がおありなのでしょうか。いずれにせよしかし、いかな某猫ロボとは言え「お金を直接生産・複製しない」ことが不文律であるようなので(「フエルミラー」を読みながら、「だからその鏡版のやつをもう一回映せばいいんじゃーん」と思った小学生が何万人いたことであろうか)、某ネコをどのように用いて最終的にパイソンDVD入手にたどり着くか、が課題として残されているでしょう。

回答例 by わたし。えーと、もうDVDは持っているので次のステップとして、タイムホールとタイムトリモチを用い、64年のロンドンあたりで捕獲し桃太郎印のキビダンゴで手なずけて、手のりジョンにしてあそぼうと思います。

   


 

Thurs 20 Feb

その昔プリンスがほとんど神がかった存在だったころ、あるアルバムが発売直前に明確な説明なしに突然お蔵入りになってしまいました。日の目を見ることのなかった黒一色のジャケットデザインからそう呼ばれることになった「ブラック・アルバム」の、回収をまぬがれたレコードが全世界に約100枚だけ残っているというまことしやかな噂を頼りに、信者はチマナコでそれを探し求めました。そしてある日ブラック・アルバムが西新宿の某店に1枚入ったという噂が静かに伝わり、それに30万円という価格がつけられたというささやきがその後を追い、そして何日か後、どうやらそれが売れたらしいという風のたよりが信者の間に流れていきました。信者は、その幸運な富める兄弟のために、「こんちくしょう羨ましすぎ」とつぶやきながら祈りました。

それから7年後。
鬼火のように気まぐれなプリンス氏は、そのころまでには神であることをやめ象徴もとい記号とか元プリンスとかになり、そしてある日思い出したように蔵にわけいりそこに入れてあったマスターを持ち出してきて、何の明確な説明もなしに突然「ブラック・アルバム」を公式に発売しちゃいました。すなわち、CD屋に行けばそれが2000円で買えるようになったわけです。その結果その30万円レコードは、好む人もいるであろうコレクターズアイテムではあるものの音源としての価値はおそらくなくなってしまったわけで。

ワンダ新DVDのおまけ映像を見ながら、その30万払った誰かさんの心境に、わたくしは思いを馳せておりました。ヲタクの心はオフクロ心、貼れば鼬の鼠わく。でして、思ったのですが、刀を千本集められなかった弁慶はある意味幸せだったのではないか。いや唐突ですがつまり、生活必需ではない趣味の領域で、あるモノを持つ場合、その結果よりも過程に価値を見出すタイプの人が確かにその中にいると思います。その種の人々はそのモノがレアであれはあるほど、過程が困難であればあるほど、言わば特権的な、あるいはマゾヒスティックな、ヨロコビを感じるんじゃないかと。たとえ他人から「どーしてそーゆーことにそうまでするワケ?」と白い目で見られても、戦う君の歌を戦わない奴らが笑うのだ、と中島みゆき的に冷たい水の中をふるえながらのぼって彼らは行くのです。

で、わたくしは自分はおそらくそーゆータイプだと、ずーっと探してて、もう腰が抜けるほど探していたら、今はセインズベリーズであっさり買って見ることができるようになってしまった削除シーンの数々を見ながら感じました。弁慶はラッキーだと思います。なにしろ永遠に過程にとめ置かれている。千本集めちゃったら、きっと真っ白な灰になってしまってたんじゃないか。

それにしても削除シーン。これ面白いです。本編について、いつか「ジョンとマイケルのシーンがあまりないのが惜しい」と書いた記憶がありますが、本当はケンがアーチーに「カスカート・タワー・ホテル」と伝えられず苦しむあのくだりはもっと長くて、二人はひとかたまりでもっとばたばた動き回っていたということがわかりました。その他の数々の場面についても、まとめていつかワンダ頁に上げようと思いますが、さわりをちょっとだけ:

ホテル名がどうしても発語できないマイケルのケンは、完成作では結局ボールペンで新聞紙に書くだけです。が、本来の脚本では、思い余ったケンは包丁を持ち出し自分の指に切りつけ、壁に血ノリで大きく CATHCART TOWER HOTEL と書く、はずだったんだそうです。実際に撮影されたフィルムをこのDVDで見ることができますが、それは面白いというよりかなりコワイ光景です。

  


 

Tue 18 Feb

ふと我に帰ると、わたしはこんなワンダたちとともに生きている。

◇新DVD2枚組(英。下↓でここ何日か買った買わないと引っぱっているのがこれ)
◇旧DVD(英)
◇本編VHS(英新パッケージ・PAL)
◇本編VHS(英旧パッケージ・PAL)
◇本編VHS(日字幕・NTSC)
◇John Cleese's First Farewell Performance (英PAL)
◇John Cleese's First Farewell Performance (英PAL)
◇John Cleese's First Farewell Performance (英PAL。つまり同一ビデオが3本。理由はいろいろある。)
◇パンフレット(日。Tさんから頂いた。とゆーか奪い取った。Tさんありがとう。)
◇シナリオ本(英)
◇シナリオ本(米。表紙が違うから)
◇ポスター(B1・英)
◇ポスター(B1・英。違うから)
◇プレスキット(米)
◇ロビーカードセット(英)
◇当時の関連新聞雑誌(英米豪読めないけど独仏その他)
◇シナリオ第8稿(Kさんその切は大変お世話になりました。)
◇スティルセット
◇内部資料の紙束

人間、やろうと思えば映画から十数年経っていてもモノを集めることができるものでございます。

肝心の新DVDは、しかしまだ見ておりません。仕事が一段落してからかろやかにすがすがしい心で、と思ってるとなかなか時間が作れなくて。とか言いつつ、それにしてはおととい「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」をへーきで見てるのは何故だろう。このへんの矛盾もやはりリービング・ラスベガス的であるような。いや物凄く面白かったですがCMIYC。やっぱりぼくらはスピルバーグの子供。

それから手持ちのワンダ物件と「同一ビデオが複数」の件は確か前にも書いた、せこい二重投稿だよ自分、と自己批判しつつ探したところ、古色蒼然黎明期過去ジャ1頁目02年1月20日より発掘。が、1年とちょっとでヤマイが深く静かにしかしすごーく進行したということも発覚。うすうす感じてはいたものの改めて事実を目の前に突きつけられ一瞬気が遠くなりかけましたが、千両ミカン的物件の山とはいえなにか有効利用の方法が、例えばこれを持参金がわりにムコを釣れないものか。逆アンナ・ニコル・スミスというか。と考えましたがいかがなものか。そうすると遺言は注意深く書かないと遺族の間で醜いいがみ合いつかみ合いが。法的助言役弁護士として雇うのに一番ふさわしいのはやはりジョンなのだろうかこの場合。

   


 

Fri 14 Feb

ワンダDVDを買いました。晩ごはんのおかずを求め何気なくぺたぺた出かけて行ったセインズベリーズスーパーのDVD棚に不意に並んでいました。欲しいものは力入れて追うと手に入らない、しかし例えば、晩餐を控えわたしの冷蔵庫には何もない、わたしの冷蔵庫は何もない空間を今懸命に冷やしている、わたしは労働し資源と空間を贖いそして無を貯蔵し冷却している、もはやその存在は既存の冷蔵庫の概念をかろやかに超越し発見される芸術としての神々しいオブジェに近いのである、などとわが台所の隅につめたく冷える数立方メートルの空気のことに無心に思いをはせているときにそれは向こうから「わたしを買って」とばかりにずらりとやって来るのだ。と、この事実から人生の深い真理を読みとる努力などわたくしはびた一文せず、ただちにカゴのネギと卵パックとトリ肉の間に大事にぎうとねじこんでからレジに時速60マイルで直行しました。ネギ85ペンス(ぴっ)、卵27ペンス(ぴっ)、ワンダ15.99ポンド(手が止まる)。レジのおばちゃんはしげしげとパッケージを眺め、「アナタこの映画見たことある?」わたし「(少なくとも1948回、と出かけるのを賢明にもぐっと呑みこみ)えー、ないこともないのではないかもしれませんが」「これはワンノヴザファニエストフィルムズ・エヴァ・メイドよねえ」「(わたしに言うかそれを、を呑みこみ)そーでしょーか」「そーよ、これ初めて見たとき頭が取れるほど笑った」「そーいえば、to laugh one's head off って今思うとジョンのためにあるような慣用句ですな」「え?」「いやなんでも。そんじゃ楽しみに見ることにしますから早く通しなされ。そんな裏とか返して見てないでいーから早く早く早く早く早くしなけりゃ首締める」。華麗なる親子丼をしたためたのち、さあ1949回目と初めてのおまけを見ようかと思ったもののしかし手がわななきその封を切ることがどうしてもできず、つまり「リービング・ラスベガス」のニコラス・ケイジはこういう気分だったのだと初めて理解しつつそっと添い寝をするのが精一杯でした。やっとの思いで会社に連れて同伴出勤するのだけは辛抱しています。
  


  

Weds 12 Feb

買い物しようと町まで出かけたら、HMVの人に「え、ワンダのDVD?入ってないよ、ほんとに今日発売なの?」と言われてしまい、ぜんぜん愉快ではない管理人です。あわててアマゾンを見てみると、こちらも「1-2週間以内に発送」などとどうも歯切れが悪い。どうしたんだワンダ。今すぐ出てきなさい。里の両親は泣いておるぞ。

頭からハテナマークを放射状に5つ6つ発しつつ仕方がないのでそのへんをぶらぶら流していたところ、本屋のそばである予感を感じたので、店に飛びこみ雑誌をめくってみたらDVD Review 誌が5ページにわたりジョン特集と2ページのワンダのレビューを組んでいるのを発見、「スバラシイ」とつぶやき光の速さで購入。この雑誌は確かフォルティDVDが発売になったときもよい記事を載せたうえ「ドイツ人」が入ったミニDVDをおまけにつけてくれた雑誌で、また今回の特集の細かさ(なにしろ伝説の打ち切り米番組 Wednesday 9.30 (8.30 Central) までカバーしてくれている)を見るにつけ、きっと内部にジョン専がひそんでいるんだと思う。ともに戦おう同志。

そういえば判例その2。(その1のようなものは、ゲストブック中の2月7日分ご参照。)
1989年暮れのこと、英タブロイド紙デイリー・ミラーは、ワンダの撮影中を通じジョン・クリーズ氏が横暴・独断・専横的で、あたかも「バジル・フォルティの如く」振舞っていた、という記事を掲載しました。自分とフォルティ氏とが同一視されるのが大っ嫌いなジョン氏はただちに同紙を告訴、高等裁判所で勝訴しました。賠償金額はちと忘れてしまいましたが、それなりに高額で、でも確か全額ジョンが当時理事をやってたFamilies at Risk というチャリティ団体に寄付されたはずです。要するに、名誉だけが問題であったと。

ここで英ゴシップメディアに教訓 : アメリカに 行ったと思って 油断は禁物特にジョン・クリーズに関しては。おっかなおっかな。この調子じゃ、日本語の弱小ウェブサイトにもうかつなことは書けんかもしれん。でも以前、ある方から指摘されました。「akkoさん、ジョンに訴えられたらジョンから直接訴状が届くんですよ」。むむむ一考の価値はあるかもしれず。

さて、まだ町をるーるるるるっるー♪今日も能天気ー♪などと流していたところでした。DVD Review誌を抱えつつ、でもやっぱり物足りないので、せめてワンダ組の片割れでもと思い、見逃していた「海辺の家」を借りて帰りました。で、今、ケビン・クラインの名演技に「んがんぐ」と泣かされわがコロモ手を濡らしつつ書いているところです。ケビン、君はよい役者だなあ。と知り合いであるかのように。シリアスの方でもオスカーをあげたいなあ。とオスカー関係者であるかのように。しかし、近い将来「ケビンおじーちゃん、おじーちゃんがオスカーもらったってほんとう?」「おー、本当だよ」「なんの役で?」「ニーチェ読んで座禅組んで熱帯魚食ってイギリス人鍋でぶん殴って5階の窓から逆さ吊りにして別のイギリス人椅子に縛りつけて揚げたイモのケチャップのついた方鼻に突っこんでヒースロー空港でそいつにローラーでノシイカにされるサイコでワキが臭い殺し屋の役だよ」「うえーん、おじーちゃんなんか大っ嫌いー!」なんてことがクライン家で起こるかと思うと気の毒でますます泣けて。よい役者なのに。んがんぐ。

  


 

Mon 10 Feb

というわけで、休暇を終えて帰ってきまして、あれよあれよという間にバック・イン・ザ・UKと相成りました。いつも思います。何故仕事時と休暇時では、スピード・オブ・ライフがまったく違うのであろうかと。あたかもこの3週間など存在しなかったかのような速さであり、このままでは、いやそれは本当に存在しなかったんだよ、その間パイソン&嘘両方でのオフで皆様に大変お世話になり楽しかったのもみな「夢オチ」なんだよ、とあっさり片づけられてしまいかねません。

しかしやはり帰京していたのだという証拠に、今わたしは次のようなことを知っています。

@宇多田ヒカル嬢の名字は「すもも」と同様に発音するということ。今まで「バナナ」だと思ってた。
A船橋ザウスがつぶれてた。
Bちまたで流れる「おじいさんの古時計」が恐くてこわくて耳にするたび泣きそうになった。
C「海ほたる」とは、富山県日本海沿岸ではなく、東京湾のどまんなかにある。
Dわたしが離日した翌日から、Always Look On The Bright Side Of Life がカラオケで歌えるようになりやがる。くくくくく(泣)

さて、
『ワンダとダイヤと優しい奴ら』の、2枚組DVD(R2)が本日10日発売になります。今月1日発売のEmpire誌に、2頁にわたるよいレビューが載っています。簡略版はこちらで読めます。 → EmpireOnline

内容は、

 

Woolworthの広告ディスク1
◇本編ジョンのコメントつき

ディスク2
◇John Cleese's First Farewell Performance (拙訳はこちら→
◇削除されたシーン
◇最初の試写後に変更される前のエンディング
◇ロケ地再訪ドキュメンタリー
◇劇場およびテレビ予告編

 

控え目に言ってこれは、

素ん晴らしい。

後れてきたワンダバカのわたくしが血眼で落穂を拾うようにかけらを集めたものどもが、すべてこの中に入っています。
わーい、
と言うか、
ちくしょーと言うか、
う嬉し口惜しいと言うか、
ジョンこの商売上手!と言うか。それでも即座に走って買いに行きますが、わたくしわ。

当時のマーチャント・アイボリーな英国映画状況のなかに、突然現われた普及版英コメディ映画が「ワンダ」であって、みんなとても驚いて、それが今われわれが当然のように見ている英国コメディ映画群の先鞭をつけたというのは、エンパイアも指摘しているとおり過言ではないと思います。もっとも、(個人的な例で恐縮ですが)わたしが真にワンダが面白いと思ったのはこっちに来ていくぶんミドルクラスの男性における英人事情がわかるようになってからのことなんであって、なんつかあの映画は、傷口に塩を塗りこむようにひりひりと英国的すぎる。でもこのへんに、コメディ特に@脚本に重きがおかれていて、しかもAすごーく美男美女の大スターが出ているわけでもない、という映画が国境を越えるにあたっての難しさが若干垣間見えるようですがどうでしょうか。

(ワンダの出演者連と「美男美女」の定義については、見る人の個人的見解が入り組み非常に長い議論になりそうなのでいずれまた。と、問題を先送りしてみる。)

 


 

Sat 18 Jan

一時帰国の日が近いので、浦島状態を改善すべく予習しておくかと、こないだまで帰省していた友達に「最近日本ってどうよ」というアバウトな質問をしました。

「いやひとつ驚愕の事実に直面した」
「何だ何があった」
「新聞のスポーツ面に、マンUの試合結果が載っているのだ。しかもマンUだけだ。アーセナルもチェルシーもなく常にマンチェスターだけ」
「それは確かに異様だ。まるで他のパイソンズが何をしてても常にジョンのことしか書かないわたしのようだ」
「そのたとえだとジョン・クリーズがパイソンズのベッカムだということになりはしないか。知らんぞファンにザリガニ入り手紙を送りつけられても」
「大丈夫だ、ジョン専は皆心やさしい人ばかりだからそんなことはしない」

そういえばサッカーとは基本的に労働者階級のスポーツなので、サッカーをやるパブリックスクールやオックスブリッジ出は、ウィンドサーフィンをやるモンゴル人くらい珍しい。階級がいまだにびっちし生きてるこの国ではそのへんの住み分けは明確です。(パブとかオックスブリッジの人々が本来するべきスポーツはクリケットです。) だからパイソンズがやるサッカーねたを見るたびに、「ひえーなんておそろしいことを平気で」と震え上がりそうになります。例えばジミー・バザードインタビュー(サッカー選手のジョンがエリックにインタビューされて椅子から落ちてバナナ食ってるやつ)なんか。例えばこれは、んーと、学習院出のいいとこのおぼっちゃんが、そうではないしもじもの人の言動を思い切りねたにしてるようなもんです。「哲学者サッカー」も、労働者のスポーツを、真にインテリのパイソンズが自分たちはインテリだということを大いにわからせつつやっているというとてもきついねたです。

ま、とにかく、サッカーと聞いてもついそういう方面に考えが走りがちなジョン専管理人ですが、2月1日の荻窪パイソンオフで皆様にお会いできることを楽しみにしています。管理人を発見した際には、「後ろからゴムのニワトリで殴る」という基本のほかに、「フェレットを鼻の穴に突っこむ」「証拠品Aとして風呂桶を提出する」「深海潜水冒険家と保険集金屋をとりまちがえてインタビューする。『今までの最深潜行記録は?』『地下3階です』」など、高度かつコアなワザでご挨拶くださることを心待ちにしつつ。

   


  

Tues 14 Jan

デスクの電話の接続が悪いので、担当の部署宛にメールを書きました。しかし「調子が悪い」すなわち "faulty" とすべきところを、わたくしはなんの迷いもなく "my telephone is fawlty" と書いてしまい、しかも部署の人全員とわが鬼ボスにCCしてしまい、しかも返事が来るまでまったく気がついていなかったという。いやだなあ、「わたしの電話はフォルティ氏」。もはや、おはようからおやすみまで暮らしに食いこむジョン・クリーズ。幸い誰からもツッコまれなかったからよかったようなものの、しかし、いっそのことツッコんでくれた方がまだ救われたような気もしないではありません。

フォルティ夫妻の名字はこの語呂合わせなのでしょうが(結構べたです。日真名氏みたいなもんか)、それにしても、こんな妙な名前の人は、デヴォンで「フォルティ・タワーズ」を経営しついに書類上で「バジル・フォルティ」と改名して州議会議員に出馬し当選したあのステキなおじさんの他には実在するのでしょうか。(詳しくは、拙フォルティ背景頁をご参照ください。)ちなみに今本棚から抱えて持ってきたケンブリッジ方面電話帳を見る限りでは誰もいないようです。もひとつちなみに、クリーズさんもチーズさんもいませんが、チーズマンさんが少々と、そしてジョン・R・チャップマンさんがひとりいます。

というか、クリーズ姓はもともと突発的にひねり出された歴史的ルーツがないに等しい名字であるせいか、一般ではついぞ目にしたことがありません。大英図書館で全メディアに検索をかけても、ヒットするのはジョンとシンシアお嬢さんと今の奥さんのアリスさんだけでした。コニー(最初の奥さん)とバーバラ(2番目)ともに表に出るときは旧姓をつらぬいていた点に関してはこちらではよくあることなので別に異存はないのですが、ちと惜しいのは、シンシアさんがミセス・ソロモンである今、2番目の現在約18才のカミラ嬢(金髪美人)が将来ご結婚・改姓された場合この世からクリーズ姓がおそらく絶えてしまうであろうことです。

ちなみに、と今日はちなんでばかりで話がそれがちですが、個人的にはもはや「シンシアの旦那」というガイ・リッチー氏的立場、あるいは「舅がジョン・クリーズ」というココロ浮き立つようなキーワードでしか思い出せなくなっている脚本家エド・ソロモン氏、どうやら脚本監督総合デビューを果たすようです。 →  コメディではないらしい。しかもキャスティングがとても渋い。おはようからおやすみまでのわたくしとしては、手ぐすね足ぐすね引きつつ、楽しみに待ち構えたい一本であります。

 


 

Sat 11 Jan

リンク頁、詰めにくいさんの人間学ノオト - 眠れない夜に - のリンクを修正しました。いつもお世話になっております。

7日↓に書いた、昨10日金曜日のISIRTA@BBC7は、オフィシャル発売カセットに収録されていないものでした。内容から判断すると、昨日のものは68年5月5日放送の第5シリーズ第4話(通算54話)だと思われます。 てことは、オフィシャル未発売音源ではあるものの放送順ではないようです。いずれにせよ、うーむ、しまってあるんなら発売せえよBBC! だって面白いんだもんっ。ISIRTA、必聴。グーン・ショウは偉大でしたが、ISIRTAはまたそれとは別です。これほど楽しげな、BBCラジオが元気よいメディアであったころの記憶をありありととどめる番組をわたくしはほかに知りません。で、こっそりと、ISIRTA海賊音源MP3の販売サイトなどを。 → OTRcat

さて第26回嘘競演がもうすぐ始まります。管理人は22回あたりから別名で参加し始め、現在控え目に言って、非常にはまっています。(別名は、100Qsの後ろの方でちょっとばらしています。別に秘密ではないのですが、なんかこっぱずかしくて。)おかげで、来週帰国するとか家のペンキを塗り直すとか去年のジャーナルを整理するとかいろいろ雑用があるにもかかわらず、嘘ばかり考えている日々を送っています。どうしましょ。

  


 

Weds 8 Jan

『マトリックス』を見てて思った。あの背の高さ、足の上がり具合、それから黒コート。というわけで、キアヌ・リーブス例のパイソン映画のジョン・クリーズ役にどうよ。と。

今「ぐあ」というファンのウメキが聞こえたような気がしますが、それがどちらのファンの声かはさだかではありません。しかし水面下ではひそかにそういう動きがあるらしく、それが証拠に、Die Another Day においてジョンQ@ほんのちょっとマトリックスは既に実現されているのだ。だからといってその逆もまた真が成り立つかはまたおいおい考えるとして、それにしても、肝心のそのパイソン映画は一体どうなっているのだろう。『ギャングス・オブ・ニューヨーク』みたいに、企画から完成まで20年かかるとかならなきゃいいんですが。

ところで死んだグレアムの年を数えます。もしご存命なら今日で62歳でした。お誕生日おめでとうございます。こないだジョー・ストラマーが亡くなったとき、そりゃないよ50才はあまりにも早すぎるよと嘆いたんですが、よく考えたらグレアムはそれよりも早いのですね。

   


 

Tue 7 Jan

空気が冷凍庫のようにつめたく冷えているので、毎朝車がかちんこちんに凍っています。乗りこんでエンジンをかけ暖気していると、解凍されるニワトリの気分が味わえます。

さて、去年の暮からBBC7が営業を開始しました。新旧のドラマやコメディをどさどさ再放送してくれる、ゴキゲンなデジタルラジオ局です。

しかしわたしは「デジタル」は常に視覚にかかわる名詞をともなう言葉だと思っていたので(例: デジタル時計やデジタルカメラ)、デジタルなラジオという、そのテレピンラジオの連中のねたのようなものは何なんだ。なんだかすごく不気味なんだが。と、キューポラとは何かをまったく知らずに『キューポラのある街』を想像しようとしているクマのプー太郎のような状態になりました。

とにかくラジオではあるらしい。なるほど、ではラジオコメディを再放送するわけだ。おお確かにグーン・ショウがあるな。と納得してさらにBBC7のサイトを見ると、しかし今度はTVコメディの題名が目に入り、また「うーむ」と考えてしまいました。百歩譲ってアラン・パートリッジ関係など脚本が良いTVシットコムならまだわかる。しかし視覚なしではなにがなんだかよくわからんリーグ・オブ・ジェントルメンなんかも音声だけで聞かせているとは。音声のみのLOGって、そりゃバカ歩き省を音だけ聞いて面白いかどうかってなもんだ。と、しばらく悩みました。

そのようにデジタルラジオBBC7を謎が厚い黒雲のように取り巻くなか、一点だけ光が射すようにクリヤーに理解できることがあります。それは、これを受信するためには新しいラジオを買わねばならんということです。くそー公共放送、何故TVライセンスだけで勘弁してくれないんだ(泣)。だから今はもっぱらオンラインで聞いています。ぱそ作業をしてるときのBGMにぴったり。

でもそうして聞いててわかりました。さすがに初聞のものはつらいですが、アラン・パートリッジまたはLOG@音声でも、一度本放送を見ていれば音だけでも十分面白い。視覚的刺激は意外と覚えているもんです。それはまだ一般レベルにはビデオという文明が及んでいなかったころ、好きな映画が放映されるたび、ラジカセをTVのスピーカーにくっつけて録音して何度も聞き返していた感じをふと思い出しました。(でもさすがにBBC7の音声には「いーかげんにしなさいゴハン片づけちゃうわよー」とか雑音がまじったりはしていないようですが。)

しかしわたくし不覚にも、かのISIRTAが毎週金曜日に放送されているのに昨日初めて気がついて、思わず「ぎあー」とさけびました。なんてことだ、わたしがISIRTAを見落とすとわ。(購読の新聞の週間TVラジオ欄にBBC7が入っていないのがいけないのだ。)

既にBBC公式カセットや海賊MP3で世に出ているものなのかそれ以外の発掘音源なのか、やはり謎は残ります。でももう127回聞いて暗記してるぶんだとしたって聞きますが、わたくしわ。オンラインとはいえ21世紀の生のラジオの電波(?)であの元気のよいテレピン局員たちの声が放送されているのだ、聞きのがしてはいけません。

ところで、去年のジャーナルをまとめて別のフォルダにしまおうとしている最中なので、ここの改頁をまだやっておらず、ちょっと重くなってます。すみません。年始はなにかとたいへんです。うかうかシゴトなどしてるひまなど全然ありません。

  


 

Fri 3 Jan

日本におけるクリスマスとお正月の雰囲気が、UKではちょうど逆になっている感じです。すなわち、クリスマスには家族親戚がなんとなく集まり比較的静かに過ごしつつふと神様なんて言葉を思い出し年に一度の教会詣などしてみる、のですが、12月31日と1月1日には宗教的意味はなくただ単に、「ジャニュアリーは年越しーで酒が飲めるぞー♪」という言い訳に使われているきらいがなくもない。よって、1月1日の出勤当番だった同僚は、全員二日酔いで「うう」とかうめきつつよろよろ現われました。皆様、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくおつきあいください。

しかし英人がクリスマスを比較的静かに過ごすのには理由があるようです。ジョンさん、それは何故ですか。

「クリスマス。それは聖なる静かな一日。クリスマスには電車もバスも止まる。すべての騒音は消え去り、そして人々は家にいるしかなくなる。クリスマス。その日にはあらゆる店がお休み。だから街は静寂、そして人々は買い物すらできなくなる。クリスマス。銀行も閉まるから、お金を引き出すこともできない。クリスマス。それは、人々が家に閉じこめられ、金に困り、食べ物も買えず飢え乾いている一日。」

@ISIRTA。
記憶で書いているので細部が若干違うかもしれませんがしかし、
ロンドンなどの大都会は別にして、UKの地方ではクリスマス前後には実際こんな感じで交通機関を含めサービス業は容赦なく休業してしまいます。(たとえばわたしの地元がそうです。もちろんコンビニなんて文化はまだ普及しておりません。)だから30年以上前のものであるにもかかわらず、これは聞くたびに知覚過敏の歯に氷水を含むがごとく深く沁みわたるスケッチです。

さて、
新年早々始まりました嘘競演。嘘界の心のマーガレット・サッチャー議長様ご出題のお題もすばらしい。 → 
おかげさまで管理人は年のしょっぱなからアタマ狂わされております。おめでたさも極まれりとゆーものです。